証言1
堀江渓愚
都会派モダンテンカラの先達
堀江渓愚
1945年東京生まれ。本名、堀江弘勝。釣り&アウトドアのライター。
上州屋グループ・インストラクターであった。テンカラ歴は20年を越え、「1尾1尾をいかに面白く釣るか」に力点を置く都会派釣り師として知られている。
渓魚の生態や水棲昆虫の観察から得た独自の現代テンカラ論を展開、20年以上にわたる執筆活動や講演を通し一貫してそれを提唱。現在に至るテンカラブームの一翼を担った。東京トラウトカントリーを管理している。 著書多数。
道具 竿 スズミ釣具 渓愚special 3、0m~3、5m
ライン フライライン 3、3~7、0m
毛鉤 ドライ ウェット ニンフ 伝承毛鉤
鬼と呼ばれる榊原正巳?そのテンカラマジックとは
『テンカラ交遊録』とういうタイトルで、連載を担当していた釣り雑誌『SALT&STREAM』。すでに廃刊されて久しいが、今もって取材時の 記憶が鮮明で、機能低下が甚だしい私の脳内ディスクではあるけれど、その折々の印象にかぎっては瞬時に、しかも細部にわたる再生が可能である。
タイトルが示すように、その内容は、テンカラ師との「交遊」であって、もちろん訪ねる相手は名人上手として知られた人物ばかりなので、見応え充分。さらには、釣りの合間合間に話してくれる「テンカラ論」もまた、聞き応えありで、「うーん、そうか」と、納得また納得の連続であった。
とにもかくにも、その人の持つ技のすべてを、あますことなく見せていただく。それを私の拙文とカラー写真で紹介する。そんな企画の連載だった。
鬼の眼は複眼
その連載に、早々と登場してもらったのが、ほかでもなく、本編の主人公、榊原正巳氏である。見出しは『遠山川にテンカラマジックを見た』。これについては、いつもと違って少しも呻吟することなく、すんなり浮かんで即決定。氏のテンカラが、あまりにも驚きに満ちていて、あたかも手品を見せられたように感じたからで、それ以外の見出しは、粟粒ほども浮かんでこなかった。
たとえば、フロロカーボンのロングラインを、自在かつ流れるがごとく操るその竿さばき。追い風を利用して、毛鈎をホバリングさせる裏の技。「やる気」のある魚を見つけ、アクションを加えて毛鈎を「食わせてしまう」驚きの小技などなど。すべてが氏独特のテクニックであって、他に類のないテンカラであった。
さらにたとえば、右斜め上流に向かってキャストを二度三度。次も同じく…そう思って見ていると、なぜか一変して左斜め下流にキャスト。「左眼の隅に、水中でヒラを打つアマゴの姿が見えたから」というのだが、そんな説明に、とりあえず頷きながらも、その臨機応変ぶりには舌を巻く。「鬼」の眼は、きっと複眼なんだなと、ついそう言いたくなる視野の広さと鋭い気配りである。
一日で成らず
自宅近くにある銀行の駐車場で、キャストのトレーニングを毎晩数時間。それも何年にもわたって。右手にテンカラ竿を持ち、左手にビデオカメラを構えて自身の毛鈎の動きとアマゴの出を撮影。「転んで指を骨折すること2回」というが、こうなるともう命がけである。だからこそ、万人が認めるごとく、氏のテンカラは気迫に満ち満ちているのだが。
遠山川で見せてもらったテンカラ・テクニックの数々は、実に面白く、そして示唆に富んだ内容を含んでいた。鬼と呼ばれる榊原正巳氏。はたして今日は、どこの川でどんなテンカラマジックを……。
驚きの目撃談・寒狭川の場合
「やる気」のある魚を見つけ、アクションを加えて毛鈎を「食わせる」驚きの小技。と前稿で述べた。「ん?どういうことだ。そのあたりは、もっと具体的に書かないと、何がなんだか分からんだろうが。どうも渓愚の文章は抽象的でいかん」そう思われた方が少なからずおられると思う。たしかにそのとおりであって、なんとも面目ない。そこで本稿は、そんな舌足らずを補うための続編ということに。
舞台は解禁間もない愛知県寒狭川。源氏橋下の淵で目撃したテンカラマジックであった。
源氏橋下の左岸から
「どうですか」
源氏橋の脇から、そう声をかけながら斜面を下ってきた榊原氏だったが、声を返そうと私が振り向いた時には、すでにレベルラインを小枝に引っ掛けて巻き癖を取っていた。いつもながらの早業である。
時間は午前10時。どうですかもこうですかもなく、すでに何人もの釣り人が、橋下の淵に陣取ってキャストを繰り返している。淵に溜まったアマゴやシラメは、間断なく攻められた後のすれっからしばかりなので、目の前に突き出されるテンカラやフライの毛鈎には見向きもしない。要するに、群れてはいるが、箸にも棒にもかからないという最悪のパターンだった。
私と同じグループのフライマン、IとNもお手上げですというふうに首を振っている。榊原氏は、そんな状況を尻目に「そうですか」と言って、小高い岩盤にスタンスをとってテンカラ竿を一閃。レベルラインが生き物のようにスルスルと伸びていく。そして孔雀胴にヤマドリの胸毛を巻いた大ぶりな毛鈎が、ポカリと浮いて流れ下る。
と!! 群れの先頭にいたアマゴが、信じ難いほどすぐに反応してユラリと動いた。それを見た榊原氏は、すかさず竿を操作して毛鈎を真横に引いた。私は思わず「え?」と眼を剥いた。なんとなんと、その毛鈎を追ってアマゴも移動していくではないか。そして一瞬止めた毛鈎をいとも簡単にパクリと。
とっくに竿を畳んで見物人の振りをしていた私のすぐ脇だったので、その一部始終を事細かに見せてもらった。
「上手いですねー」
フライマンのIが、唖然として声を上げた。
「どうやって…」
Nも隣でうなっている。
「やる気のあるアマゴを見つけて食わせただけですよ」
それに対して、いとも簡単にいってのける榊原氏であった。
もう多くを語る必要はあるまい。解禁間もない寒狭川において、榊原氏の冴えたテンカラマジックを見た。すべてはそれに尽きる。